石井裕1

マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ教授 石井裕氏

私がなぜ、こうした成果を挙げることができたのかと聞かれれば、真っ先に挙げられるのはプレッシャーの大きさでしょう。MITに来るとき、厳しい仕事になるだろうとは思っていましたが、実際には予想をはるかに上回る厳しさでした。深く考えもせず、メディアラボに入ったのは無謀だったと思ったほどでした。それくらい競争が激しかった。その最大の理由は、日本の大学にはない「テニュア(終身在職権)」と呼ばれる、教授を選別するシステムがあるからです。

何かのプレッシャーがなければ、必死さは生まれないと思っています。自由に研究していい、と言われて、本当にいい研究ができるかどうか。忙しいからこそ必死になる。忙しさの中で必死にヒントを見つける。飽食の時代で恵まれすぎていることは、意外に不幸なことなのかもしれない。飢えがないからです。適度なプレッシャーがあるほうが、実はいいんです。MITには、世界中から学生が集まりますが、厳しい競争環境の中でみんな必死です。目の色が違う。

MITに在籍する教授には、最高レベルの研究業績が求められます。しかも、MITに職を得てから6、7 年以内にその要件を満たしたことを客観的に証明できなければ大学を去らなければなりません。トップクラスの大学でテニュアを取れる可能性は2、3割程度。つまり、それ以外の人は生き残れない、大学を辞めざるを得ないということです。MITの元学長は私にこう言いました。「MITは最高の教授しかもたない。だから最高の学生を集められるのだ」と。

「世界にインパクトを与えたか」「パイオニアとして新しい分野を切り開いたと世界が認知したか」「その分野が本当に人類にとって重要か」など、テニュア取得には明快な基準があります。

「前の世代の大学教員たちがもつ貧しい頭脳で理解できる研究をしたか」「色々な雑務を手伝って指導教授や学会で知り合う教員たちに十分ゴマをすったか」「その分野が人類にとってよりも自分にとって重要か」など、日本の人文学業界には明快な基準があります。