「世界で戦える人材とは」

今北 純一
CVA(Corporate Value Associates:コーポレート・バリュー・アソシエーツ)パートナー兼日本関連プロジェクト統括マネージング・ディレクター

「世界で戦える人材とは」

東京大学修士課程を修了して旭硝子に入社。さらに、ニューヨーク州立大学奨学金を得て留学。英オックスフォード大学の招聘教官を勤めた後、ヨーロッパの著名な研究機関(スイスのバッテル記念研究所)の研究員、さらに仏ルノー公団(当時)を始めとする外資系企業で活躍、と今北氏の経歴を見る限りでは、「順風満帆のキャリアを積まれたんだな・・・」と誰もが感じることでしょう。

ご本人に言わせると決してそうではありません。実際には日々、落とし穴をしかけられることもあるなど、厳しい戦いの連続だったそうです。しかし今北氏にとって、戦うということは対話もしくは対決するということで、対立を意味するものではありません。戦いが始まっても、逃げずに乗り越えていく。そうすると技量もついてくる。経験は勇気を与えてくれたそうです。

さて、今北氏が仕事の主戦場としてきた海外では、日本国内以上に「個人」として勝負できなければなりません。しかもそれは、語学、プレゼンテーション力、交渉力といった目に見える「スキル」だけではなく、むしろ毎日の仕事の中で出会う様々なチャレンジを克服していくことで身に付く、「コンピテンシー(蓄積した知見、判断力、決断力、人間力など)」を開発することが必要なのです。

そのためには、究極は自分との戦いに勝つことが大切だと今北氏は考えています。そして、これをさらにつき詰めると以下の2つの戦いに分けられるのだそうです。

・自分をマネージすること
・自分以外の人たちをマネージすること

今北氏は、まず、「自分をマネージすること」について、ご自身がどのようなことで戦ってきたのか、具体事例を挙げながら話してくれました。

ひとつは、「羞恥心」との戦いです。例えば、国際会議などに参加した際、手を挙げて講演者に質問することは今北氏にとって、恥ずかしくて簡単にできることではありませんでした。そこで、なかなか質問できない原因となっていた羞恥心を克服するため、ある時、質問するまで今日は帰らないと決めたそうです。その講演では、講演者の話そっちのけで、最初から質問する内容ばかり考えていました。そして、講演が終わるやいなや、真っ先に手を挙げました。狙い通り、司会者から指名され立ち上がったはいいものの、その瞬間頭の中は真っ白で言葉が出てこない。絶句したまま座らざるを得ず、最初の質問は失敗に終わりました。もちろん、今北氏は最初の失敗にめげることなく、その後も場数を踏むことで積極的に質問することができるようになったそうです。

また、「気まずさ」との戦いもあります。これは、1人で参加した国際会議等の合間のコーヒーブレークで、他の参加者が数人集まって談笑しているような状況です。1人でコーヒーをすするのは孤独なもの。かといって、楽しそうに話している知らない人たちの輪に入るのも、なかなか勇気がいることです。今北氏は、最初、いきなり黙って割り込んでしまい、気持ち悪がられたそうです。場数を踏んで、うまく輪に入るコツを経験を通じてつかんでいったそうです。

そして、「怠慢」との戦いも。クライアントとのミーティング後、今北氏はすぐに議事録を作成することにしているそうです。というのも、作成を後回しにすれば大事なポイントを忘れてしまうからです。ですから、たとえミーティング後でホッとした気分になってまずはお酒を飲みたい、食事をしたいという欲望が湧いてきたとしても、そんな欲望に打ち勝って議事録作成を優先するようにしています。これは今でも続いている戦いとのことでした。

「臆病」との戦いもあります。その具体例としては、バッテル研究所の研究員時代の経験を話してくれました。入所して最初に与えられた仕事は、企業に片っ端から電話をかけてインタビューをするというもの。英語での会話ですし、飛び込み電話ですから冷たく切られることもありました。このため、電話をかけるのが怖くなり、最初の一週間は電話がかけられなかった。しかし、上司からは進捗状況を聞かれます。そこで今北氏は覚悟を決めました。たとえ不快な思いをするとしても命まではとられない。そう考えて電話をかけ続けると、親切に対応してくれる人にも出会い、効率的に情報が得られるようになったそうです。

その他、今北氏は、「不安」、「自尊心」、「フラストレーション」、「無力感」、「無駄」など、様々な自分との戦いについても、どのように対処してきたかという話をしてくれました。そして、自分との戦いに勝つために大事なことは、ともかく逃げないこと、そしてクリアするまでがんばることなのだそうです。今北氏が冒頭にも述べたように、こうした日々の細かいチャレンジをクリアしていくことが、すなわち「コンピテンシー」を開発し、成果の出る行動につながるということなのです。

さて、もう一つの戦いである、「自分以外の人たちをマネージすること」については、一対一の関係だけでなく相手が複数の場合など様々な状況をまとめ、関係性を4つのレベルに示してくれました。

A:人と対話、対決できるレベル
B:人と共に仕事を進めることができるレベル
C:人に無視されるレベル
D:人から無関心の対象とされているレベル

世界で認められ通用するためにはAかBのレベルが必要です。相手が複数だろうとできるようにならなくてはなりません。
Cの「無視される」というのは、相手を意識している分、Dの「無関心」よりもまだ救いがありますが、ともあれ世界では通用しないレベルです。ちなみに、最近、今北氏が懸念しているのは、日本という国が無関心の対象とされてしまっていることです。これは、日本が強いメッセージを発信しないからだそうです。

さて、今北氏は他人をマネージするという戦いについても豊富な現場経験を聞かせてくれました。「プレゼンテーションの戦い」、「言葉の戦い」、「信念を伝える戦い」、公私混同がないヨーロッパならではの「公私の戦い」など。

ここでは、ルノー公団時代の話をご紹介します。ルノー公団に入社した当時、日本車の海外輸出に対するバッシングが起きていた時期でしたから、そもそも日本人の今北氏を歓迎するムードはルノー内にはありませんでした。そんな中、今北氏が就任した未来商品開発室長の下に集められた部下は、他の部署では厄介者扱いされていたような人たちばかり。仕事を抜け出して昼間から美術館に行くような部下もいたそうです。出社したら秘書の他は誰も出社していないことも。
しかし、今北氏曰く、こうした「野武士集団」のような部下たちでも、会社の事情には通じていて、誰に頼めば問題が解決するのかは良く知っていました。他部署の協力が得られず困難を極めていた仕事上の課題を解決してくれたのは、彼らが持つ社内のネットワークだったそうです。このような、やっと仕事を進めることができるといった経験を通じて、他人と対話、対決することを学んでいったそうです。

今北氏は、最後に世界で戦える人材となるためのポイントを教えてくれました。それは、学歴や職歴、会社のブランドなどではありません。端的には「自分を持っていること」なのだそうです。具体的には、自分個人としてやりたいことや、信念が明確であることです。また、自分の人格を磨くことです。そうすれば「自然体」で戦えます。これはとてもシンプルであり、同時に大変難しいことでもあります。

自分自身との戦いや、他人を適切にマネージするためには大変な努力が要求されます。しかし、戦うことで新たな発見があり、「成長の実感」という無形の報酬が得られるのだそうです。また、日々、逃げずに戦っている人たちは、お互いに相手の人間性を感じ取ることができる。そんな中から本当に信頼できる味方が見つかるのだそうです。

今まで読んだグローバル人材論の中で自分の体験にもっとも近かったので、長々と引用してみた。

私は非常に鈍くさかったので、「D:人から無関心の対象とされているレベル」から「C:人に無視されるレベル」へレベルアップするまでに5年かかった。

ま、世界では通用しないレベルだということです。